Home > スポンサー広告 > つらつらと・・・。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Comments:-

Comment Form

Trackback+Pingback:-

TrackBack URL for this entry
http://unitkyoto.blog84.fc2.com/tb.php/755-c982ca35
Listed below are links to weblogs that reference
スポンサーサイト from UNIT

Home > スポンサー広告 > つらつらと・・・。

Home > 未分類 > つらつらと・・・。

つらつらと・・・。

こんばんは。

最近は店に向かって南下で出勤してるのですが、色んなルートでフワフワしながら行ってます。時間をあんまり気にせず行けば、、、宝ヶ池公園→高野川を通り→下鴨神社を抜け→御所という具合に土の道と舗装路の比率を6:4くらいに出来るんです。ほんとにノ~ンビリ。




iPhpne2 001

中でも下鴨神社の糺の森。京都人にとっては当たり前の存在ですが、当たり前だけのことはある安堵感があります。

糺の森を通るのに、都合4つは鳥居をくぐるわけですが、、、、

鳥居というのはそもそも我々俗人の世界と神の世界を区別する結界みたいなもので、いうなればディズニーランドとかUSJとかでチケット切ってもらうトコと同義。ココを越えるとめくるめく異世界がまってるよん、って事ですね(笑)。そして現代人がミッキーさんやミニーさん・プーさん・スパイダーマンさん・スヌーピーさん・キティーさんにあってテンション上るのと同様に、古代の人々も八百万の神に抱かれた気分に陶酔したわけです。「三井が竜王にアウトレット建てたらしいし買い物行こうやあ。」ってな感じで、「最近左大臣がイケてる神社建てたらしいで、見に行こうや。」とお参りに行ったわけです。ディズニーのパレードを見て感動するのと同じ様に、巫女さんの舞を見て気持ち良くなってたんですね(笑)


そういうカミサマ、上記の表現が決してオーバーではなく身近な存在だったみたいです。また我が国の神様は大きく分けると天津神(外来)・国津神(ネイティブ)・土着の神様(カマドの神様、井戸の神様とか)という種類があって世界的にも非常に珍しい、キリスト教みたいに1つから枝分かれするケースは多いのですが、こんなに元々バラバラだったものを十把一絡げにするのは類をみません(笑)。それは日本人特有のおおらかさと生活の知恵から構成されているからなんですね。

その知恵ってのが、例えば・・・・・山に神様がお座りである(と考える事にする)→山を荒らすとお怒りに触れる→そうならないように必要以上に森を壊さない→適度な状態がキープされる→その実り豊かさの恩恵を享受する→神様に感謝(すると考える事にする)。大同小異ありますが、我が国のカミサマを祀る方法論というのは基本的にそんな感じ。

日本の国土は都会に住む我々が想像してる以上に森に囲まれています。その森が育んだ「水」、これも大切なキーワードで。海外行って気軽に水道水のめないでしょ?、でも現代の日本でもカルキ臭さをガマンすれば楽々飲めます、昔なら尚更。そしてボクらも山で遊んでる時に湧き水を飲んだりすることも多いのですが、コレも軟水のお陰。ヨーロッパの硬水だとお腹壊しちゃったりしますしね。そういう人にやさしい、しかも潤沢に滾々と湧き出てくる清流が我々の思想にも影響します、「水に流す」ってやつ。コレが遺伝子情報として我々日本人に染み込んじゃってます、「無神論者」とかいってても通用しないレベルで。しかしこの潜在意識のお陰で国際関係上不利になってたりするのですが(笑)、、、、それはさておきこんなにおおらかな思想も稀。例えば、、砂漠で水見つけて取り合い殴り合いになった後、水に流せないでしょ、必然的に「目には目を歯に歯を」となります(笑)。







iPhpne2 002

神社に入る前に使う「手水」、これも沐浴の縮小版みたいなもので水に触れる事により浄化したと考える簡易ツールなんですね、ネットのログインの省略と一緒。


その太古から生きる大きな山や森でなくても、里山なんかは更に人側に寄り添った存在であり、それをもっと身近にしていたのが神社と鎮守の森の1セット。子供の遊び場であり地域の集会所であり。下鴨神社と糺の森、コレはその原点ですね。いまでもその名残の風景が見られます。そして秋の収穫祭なんかで地域の老若男女が一丸となる、そうしてコミュニケーションが強固となったんですね、もうすぐある地蔵盆や送り火なんかも同様。そういえばお盆とお彼岸って仏教の行事として浸透してますが本来神道がルーツなんですよね、日本古来の習俗と輸入モノである仏教に於ける盂蘭盆が引っ付いた。そうでなくてもカミサマの血統である聖徳太子(今の教科書は厩戸皇子ですね)が仏教を取り込み、道教や儒教の思想も取り込み、神仏習合で氏神・氏寺をつくり。今に始まったことでなく、日本人は昔から取り入れるのが得意な民なのですね。

こうやって千数百年のあいだおおらかな文化を培ってきた日本、大陸の諸国のように何時侵略されるか分からない恐怖というのが無い島国だった事がそうさせたのでしょう。しかしペリーさんはそれを許してくれず(笑)、ここがチャンスとばかりに田舎の下級武士が下克上を成し明治維新が興る。そこまではいいのかもしれませんが、その何も考えてない下級武士どもが神仏分離令を施行し日本人のアイデンティティを叩き潰してしまい、現代日本人の無宗教もどきへと発展するのです(笑)

結局もどきなんですね。帰国子女でない多くの日本人はずーっとこの国で生きてきたんです、深層を覗けば無宗教なんてありえません。「宗教」ってのは第2次大戦以降受けの悪い単語ですね、言い方を変えれば思想、和の国の民の考え方。育っていく過程で多くの問題にぶつかり多くの考えを得た結果、様々な思想の方向へと変化するのは当然の事ですが、両親との血縁が途切れないのと同じで望む望まないとは別に日本人の精神と我々は結縁でつながってるのですね。


まさにidentity。



なので基本にかえって和の意味を考えれば、エコなんてワザワザ言わなくてもいいしも不景気も飛んでいく、って気分だけでも得られそうなんですが(笑)。まあ真面目な話、それを伝統文化・温故知新という物質的なものでなく、精神的な意味合いの日本人的伝統の素敵さを、ね。





DSCN0354.jpg

京都に移り住んで20年弱、余所者の立場からだと他の地域に見られない安堵感はこういった感覚が根っこに深くあるからじゃないかと感じられます。
通勤や生活で通る道に文化財がゴロゴロあって、お祭り・浴衣・お茶・饅頭その他が身近で、現代のモノも東京・大阪と殆ど差が無く手に入る。


先にも言いましたがもうすぐ送り火、、、そういえばUNITは今月の末で2周年です。京都でお店が出来て良かったなあと・・・最近特に実感しております、そういう日本人的自然体な京都に助けられて(笑)



皆さんも是非京都にお越しやす。


・・・・・・・・・(笑)
関連記事
スポンサーサイト

Comments:0

Comment Form

Trackback+Pingback:0

TrackBack URL for this entry
http://unitkyoto.blog84.fc2.com/tb.php/755-c982ca35
Listed below are links to weblogs that reference
つらつらと・・・。 from UNIT

Home > 未分類 > つらつらと・・・。

Recent Comments
Recent Trackback
Search
Meta
Links
Feeds

Page Top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。